花煙草










「―白旗を確認しました!各々に騎士が投降し始めておりますっ!!」
ぴしっと手を上げ、はきはきとした態度で将軍であるジョフレに向かう赤き騎士が居たのをマカロフは見た。
恐らく戦が終わったのだろう。やがて敵の城壁に幾度も砂埃を纏った白旗が次々と掲げられていく。
確かに、今回の戦は此方の軍が圧倒的であった。正午辺りに始まったこの戦いは、半日とかからず数時間で終わったのだ。
この後、彼に残っているのはいつもと同様に自分の鎧や武器等の措置である。



「あ〜あ、これじゃあ服も洗わないとだなあ…。」
鎧で固めた自身の体を汚しているのは全て返り血である。だが、今回は比較的前線で戦っていた為かその量は少し多い。
この状況では、いつもの様に先陣切って戦うケビンはどうなってしまうのだろう、と思い一人で苦笑したりする。
元々、自分の家もあまり裕福ではない為に服もそれ程余裕はなく、今着ている服もあちこち縫い付けた跡が見てとれるような物だ。

「こりゃあまたマーシャに頭下げなくちゃな…」
そう思い気が進まずもマーシャの姿を探していた。と、

「マカロフ様?」

目に留まったのは花の様に白く艶やかな鎧に身を包んだ女性。彼女は此方に気付くなり、元から柔らかな表情ががよりゆるりと綻んだ。
「お、ステラさん!」
彼女は弓を扱う騎士であり、普通は後方から援護に回る方だが、今回は前線部隊の中で戦っていたらしく、白い純白の鎧には至る所に血が点々と付いていた。
「ステラさんも、だいぶ汚れたんだなあ〜でも、怪我がなくて良かった」
「いえ、マカロフ様こそ…あんなに前で戦っていらっしゃって、とても凛々しかったですわ」
ステラはにこりと微笑んだ。自分みたいな人を見てくれていたのかと、彼は少し照れくさくなり笑って誤魔化す。
「ステラさんも鎧とか、汚れ落としにいかなくていいのかい?そのままだと綺麗な鎧が錆付いちゃうよ」
「ええ、なのでこれから私も汚れを落としてこようかと思って」
「じゃあ、俺もついていこうかな〜」
「本当ですか?じゃあ一緒に落としましょう」
「そうだねぇ、丁度服も洗わないとって思ってたしな〜うん!行こう、ステラさん!」
「はい!」
彼女はやはり、嬉しそうにうなずいた。




鎧に付いた汚れを拭き取りながら、彼女はマカロフの他愛もない話によく笑った。彼がぽつりぽつりと口を衝いて出るのは口煩い妹の事ばかり。
そんなぼやきにも彼女は「マーシャさんはいつでもマカロフ様の事を気に掛けて下さっているのですね」と、優しく言う。
確かにそれはそうなのかもしれない。半ば呆れ返って怒鳴り散らしてくるだけなのかもしれないが。
「まぁ、俺がもうちょっとしっかりすれば、そんなに言われないんだろうけどさ…」
「マカロフ様は、今のままでも十分しっかりなさっておられます」
「そうかなあ?ステラさんに比べたら俺なんてまだまだだよ〜」
「そんな…」
彼女は彼の言葉に返す言葉も浮かばない様で、只々頬を紅花の様に染め上げている。
落ち付きの無い瞳は僅かに此方まで落ち付かなくなってくる気がしたが、何処か嬉しそうに緩められている様にも見えた。

どうしてだろう、と時折、マカロフは思ったりする。
こんなに容姿も可愛らしくて、清廉という言葉が誰よりも似合う、騎士の女性なのだ。傍らに立つ騎士だって、もっと理想に敵う相手が居る筈だ。
なのにこんな騎士の端くれとも呼べるかどうかという様な、情けない自分なんかと居て、何処が良いのだろうと。
多分、彼女の嬉しそうな表情には、嘘偽りというものが全くない。ただ、そこがマカロフにはよく、分からなかった。
その疑問は、ふとした形で口から零れた。意外にも素直にぽつりと出てきたのである。
「…ねぇ、ステラさん」
「何でしょう?」
「ステラさんはさ、何でこんな俺に寄ってくるの?」
「え……」
彼女は一瞬、彼女の方が疑問に思う様な表情を見せた。そういう所だ。そこまで目敏く口にするつもりはなかったが、そういう無邪気(?)な所が不可解と言えば不可解なのだった。
「だってさ、俺なんかよりもこれからもっと、ステラさんみたいな素敵な騎士なら、立派な騎士や、戦士とか…そこまでよくは分かんないけど、貴族の人達にだってお眼鏡に適うと思うんだよ」
「…そうでしょうか?」
言い切ってしまってから、マカロフは何処か後悔した。その理由が何なのかは分からない。ただ、返された彼女からの一言は、褒められた女性の様な、恥じらいや嬉しさなどとは程遠いものだったからだった。
「いいんだよ、無理なんかしなくたって。俺は、ステラさんみたいな綺麗な人にこうして話し掛けてもらえる事だって…本来は、在りえないと思ってるんだから」
彼女の顔を、真っ直ぐ見れなかった。あの優しい瞳が、沈む様な気がしていたからだ。今のマカロフに、そんな瞳を直視出来る筈はなかった。
只管、鎧の同じ位置をごしごしと拭き取る。鎧に付いていた汚れなど、とっくに拭い去られているとは分かっている。だが、手はそのまま動かし続けた。彼女の手の動きは、止まっているのか、ゆっくり動いているのか、今はよく分からなかった。
「…そう、でしょうか」
ああ、また言ってしまった、とまたも後悔した。それでも、言っておかなければならない気も、したから言った。だが、案の定彼女の声はどんどん沈んでいくばかりである。
思った事を言ってしまったマカロフに残ったのは、ただ分からない、という気持ちだけで、それだけがぐるぐると心の中で渦巻いているのを感じた。

「…マカロフ様は、私と居るのがお嫌いでしょうか?」
暫しの感覚が空いたのち、ステラはぽつりと一言だけ言った。その言葉に、動きを止めていた指先がぴくり、と弾かれた様に動いた。
「そうじゃないよ、そんなんじゃないんだ。ただ、俺なんかじゃ、ステラさんとは釣り合わないから、……その、…」
「……私と、釣り合わない…?」
違う、違う。言いたい事はそういうんじゃない。俺が思ってるのはそういう事じゃないんだ、なのに。言葉は思う様に出て来てくれなかった。
いつも、自分を軽く卑下する口調にはあんなに慣れていたじゃないか、なのになんでこういう時に出てこないんだ。唇は微かに震えている。鼓動が、何処かで低く大きな音を立てている気がする。
このまま言えないのは、いやだ。それだけを、強く思った。彼女が、目を瞑る。もう終わりだ。彼女を―――、傷付けて、こんな自分が

「私は、貴方と居たい。…それだけ、なんです。…それで、貴方の傍に、居るんだ、と思います」
「…ステラさん」
いつの間にか、手は動きを止めていた。その手を、優しく彼女は両手で包み込んだ。
「こんな私でも、貴方の傍に居る事で、何かお役に立てたら、…そう、思ったんです」
包み込まれた手は、とても温かかった。彼女の素直な気持ちが染み込んでくるようである。
顔を上げた。彼女の顔と擦れ違う事なく、合う。
柔らかな春の日差しを思わせる瞳は、微笑んだ事で今にも零れて頬を伝ってしまいそうなくらいに見えた。
「…有難う、ステラさん。俺、幸せ者だなあ…」
「え…?本当ですか?」
素直に口をついた自分の言葉は、信じられない程優しいものだった。その言葉に、ステラはとても嬉しそうに、マカロフの傍に寄り添った。
僅かに恥じらいながら、しかししっかりと離れない様に。そんな健気な姿に、マカロフはとても愛おしさを感じた。
「前から思ってたんだけど、ステラさんは良い匂いだなぁ〜」
「そうですか?」
「ああ〜。何だか、血の匂いが浄化されていくみたいだ」
「それは良かったです…」
私にも、お役に立てる事はあったのですね。
相変わらず嬉しそうにそう言った彼女に、マカロフもまた、嬉しそうに「うん」とだけ呟いた。


暖かな、午後のことである。







End


ああ〜やっぱりこの二人は好きだなあ。いつも思います。
ただ、(花)煙草と良い香りは正反対のような気がしますが、そこは ス ル − の 方 向 で ( ←
なんかこの二人の結婚後の話とか書いてみたいかも。 2013,3,31



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